小説「傷物語」「偽物語」感想

そんなわけで。西尾維新「傷物語」「偽物語（上）」「偽物語（下）」を読了したので感想を書くよ。

「傷物語」第零話　こよみヴァンプ

1

羽川のヒロイン強度どんだけー。阿良々木暦とドラマツルギー、エピソード、ギロチンカッターとのバトルはキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードのために行われたものだけれど、実際には暦と羽川との距離を縮めていくために機能している。
作品全体を通してギャグパートはあまり多くなく、序盤・中盤は既述のような手続き感があったので、それほど面白いとは思わなかった。
まあ、手続きが済めば後はもう血が沸いて肉が踊るだけなんだけど。体育倉庫で羽川に迫るシーンは激アツでしたね（そっちかよ）！

2

自分が死ぬのはいいけれど――
人が死ぬのは気分が悪い。
考えてみれば、勝手な意見だ。
そんな意見は――通るわけがないのだ。

キスショットに対する"美しくはあっても正しくはな"いやり方から、暦がどのように転向していくかが本書のキーポイントだろう。

「僕はお前を、助けない」

彼が最後に見出した方法は、美しくない。忍野に言わせれば、正しくもない。*1
けれど、無様で中途半端であっても、この先一生暦が自分のことを許せなくても、僕は彼らが傷物の生を選んでくれたことが嬉しい。

「偽物語」第六話　かれんビー

1

阿良々木さんと愉快な仲間たちとの会話がひたすらに楽しく、かなりの頻度で笑ってしまった。ともかく、ガハラさんこと『自然に優しい有毒ガス発生』こと戦場ヶ原ひたぎが生き生きしていてくれてよかった。彼女の毒舌にはもはや懐かしさすら覚えるね。

2

で、偽物の話。

「貝木のことを許せないというその感情の、一体どこにお前の意志があると言うんだ。お前達はいつだって、他人のために動いている。誰かのために動いている。そこにお前達の意志はない」

"あらゆる徳が本来自己におけるものであるように、あらゆる悪徳もまた本来自己におけるものである。その自己を忘れて、ただ他の人間、社会をのみ相手に考えるところから偽善者というものが生じる"*2、あたりでどうか。
それでも妹達を誇りに思う暦くんマジいいお兄ちゃん。

3

「劣等感と一生向き合う覚悟があるのなら、たとえ偽物だろうと、それは本物と同じじゃないか」

これは下巻でもう一度向き合うことになるテーマだが、「本物と同じ」と言っているあたり、暦の意見は後述する忍野の考えと合致するのかな。

4

自身をして「悪の敵よ」と言い放つひたぎからは、「装甲悪鬼村正」英雄編の綾祢一条を思い出す。
しかし、始まりを間違えたがために湊斗景明へ背を向けた一条と、貝木泥舟に敵対することで新たな始まりをつかみとったひたぎとは、全く異なる存在だ。
もちろん、"互いを守り合"う阿良々木暦が側にいることが、何よりひたぎの救いであることだろう。

「偽物語」最終話　つきひフェニックス

1

兄には兄でなかった時間があるけれど、妹は生まれた時から妹である。そりゃあ理想も口唇も押し付けるわな。

2

"阿良々木くんは、スターにはなれても、ヒーローにはなれないよね。"という羽川の言葉は、英雄論の一端としてメモしておこう。
そして、スターになりうる暦が「好感度なんかいらねえよ。僕は最低の人間でいい」と宣言することに意義がある。

3

終盤の暦を見ていると、僕も読み手として忍野離れしていかなければなあ、と思う。「傷物語」以降、忍野の言うことは意識して話半分で聞いている。あと、著者のあとがきも。

4

美少女ゲームのプレイヤーとキャラクターが同一化するにあたって何より貴いのは、同一化しているという状態ではなく、同一化できるという可能性でもなく、同一化したいと望む気持ちである。*3

僕は――キメ顔でそう言った。
　
「本物と、それとまったく同じ、区別もつかんような偽物と。どっちのほうが価値があると思う？」という、影縫さんの口から語られた貝木の思考ゲーム。影縫さんは本物、忍野は等価値、貝木は偽物のほうが圧倒的に価値があると答えた。
忌々しいことに、昨年執筆した上記の文章からして、僕の思想は貝木泥舟のそれに近しい。よりによって意見が揃ったのがこいつかよ。嬉しくねえ。
だが、一度書いてしまったものは既に自分の外にあり、修正することはできない。認めるしかない。