ラノベ「とらドラ!」 レビュー

そんなわけで。竹宮ゆゆことらドラ!」を1巻から10巻まで通読した。アニメは全話リアルタイム視聴していたけれど、原作に触れたのは先月になってからだ。とても優しくて、胸が熱くなるようなラブコメディだった。

1

この世界に生きる者は誰だって、幸せになりたいと願っていることだろう。自分自身だけではなく、家族や友達、恋人といった自分の周りにいる人たちも幸せになれたら、もっと素晴らしい。
けれど、果たして僕たちはみんなが幸せになるビジョンを素直に信じられるだろうか。一人では、不安なはずだ。自分は幸せになれるのか、幸せになる権利があるのか、幸せになる力があるのか、といった問いかけがいつしか生まれて心を苦しめる。ましてや、幸せに暮らしていけなかった人たちを身近に見てしまった者は、彼らの在り様を負の方向へ内面化してしまう節がある。「あの人たちと同じように、私も幸せにはなれないのだ」、と。*1

「[…]望んだら、全部壊れる。[…]『現実』とはもう別次元で、望んだ瞬間に、本気で掴もうと手を伸ばせばその瞬間に、魔法みたいにすべてが破滅するんだって――ばかみたいだけど、本当にそう思った」*2

だから、そういった不安を抱えて生きる者たちが自身の幸福な未来を信じるためには、自分と同じように幸せを掴もうと歩み続ける他者の存在が必要なのだ。長く遠いコミュニケーションの果て、最初に竜児と絆を結んだのは、実乃梨だった。

泣いてもつらくても苦しくても――そう言う実乃梨の笑顔に、竜児は、自分のこと、大河のこと、亜美のこと、みんなのこと、泰子のこと、あらゆる人の姿を重ね合わせていた。
[…]
竜児にとってその輝きは、なによりもまぶしく、救いのように、道しるべのように見えるのだった。
[…]
「[…]俺は、お前のことを、知ることができてよかった」
「高須くんが、私を知ろうとしてくれたからだよ。……きっとこうやって、私たちはこれからもずっと、ずっとずっと、頑張る姿を、想いを、お互いに伝えあうんだよ。それはさ、」
実乃梨が片手を頭の前に上げてみせた。自然に、竜児はその手に自分の手を合わせた。
「永遠だぜ」
「……おう」*3

どこまでもどこまでも、幸せに向かって懸命に進む姿や想いを互いに伝え合っていくような関係を、みんなが一人一人の間で結べたらいい。実乃梨は、「とらドラ!」において最も美しいものを、「永遠」のビジョンを見せてくれた。それだけを取っても、僕は彼女に対して感謝しきれない。

2

そうして、亜美もまた「想いを伝え合うこと」を竜児に諭され、その孤独な旅に終わりを告げる。*4

3

みんなが幸せになればいい。でも、幸せに向かっていくのはそれぞれの足だ。誰もが自分の力で前へ進んでいかなくてはならない。その時、ひたむきに生きる他者の姿が、自分の力を信じるきっかけとなる。最終巻において、竜児と大河は常に相手の存在を意識して自分を奮い立たせてきた。

「私だって、戦う。[…]」*5

誰一人欠かさない。大破壊なんて絶対に、訪れない。大河にもこの世界を――空を駆けてこの目で見てきた世界を見せたい。でも多分そのためには。*6

"私「だって」"、"大河「にも」"、といった語は、既述のように互いを高め合いながら「並び立つ」という二人の並列的関係を表している。端的には、次の文章が示しているように、彼(彼女)が持っている力は、きっと私(僕)にも備わっている。

この凄まじい力を振り切って、それでもおまえは走るのか。
[…]
この身体にも同じだけの力が宿っているはずだった。大河を愛し、大河に愛され、そしてそんな己の世界のすべてを喜びとして受け取れるだけのパワーを、強さを、この自分だって持っているはずだった。*7

互いを高め合うという言葉が意味するのは、別々の肉体を持って生まれた相手の姿に自分と通じる普遍性を見つけ、正の方向へと内面化していくことだ。*8
竜児と大河は、そのように愛し合っている。彼らは焦がれ合い、憧れ合って生きていく。竜と虎としてお互いを高めあっていく対等な関係を、僕は「憧れ」の一つの変奏として読み取った。

4

とらドラ!」において最も美しいものが「永遠」のビジョンならば、最も貴いものは竜児が見出した「テーブル」という幸せのビジョンだ。「すべて」の幸せが実現されたその映像を、僕は信じることができた。*9だから、僕も自分自身の幸せを心から信じることができるよ。なんつって。本当に、ありがとう。

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*1:本作の特徴の一つとして、「家族」が主人公やヒロインのパーソナリティ形成に大きな影響を与えていることが挙げられる。竜児・大河にとっての両親や、実乃梨にとっての弟。あとあまり強調されてないけど亜美も「二世」だったりする。ラノベを全然読まないんで、現代ではこういうのが普通なのかもしれないけど僕には分からない。

*2:「とらどら10!」

*3:とらドラ9!」

*4:9巻までは「亜美ちゃんルートまだー」とか思ってたけど、亜美は10巻で成仏した感があるので概ね満足している。気が向いたらワンチャンPSP買って「とらドラ・ポータブル!」で攻略したい。

*5:とらドラ10!」

*6:とらドラ10!」

*7:とらドラ10!」

*8:物は言いようで、共依存であるとか、相手の心に自分の影を残して死ぬといった捉え方もできる。できるからといって素直にそのような捉え方はしないけれど。

*9:関連:皆が幸せになることをあきらめないという選択―『とらドラ!』に見る「幸せ」の有り方 - 目覚めては繰り返す眠い朝は