15練乳「おぼろちゃんといっしょ」〜「おもいでの殻」(朧ちゃんとちいさな提督)感想

はじめに

そんなわけで。いちご(苺6480)さんのサークル:15練乳による「艦隊これくしょん(艦これ)」非公式二次創作ファンブック「おぼろちゃんといっしょ」「ほしのふるよるは」「タメイキツミキ」「おもいでの殻」をコミケC88で購入して読み終えたので、感想を書くよ。
これらの同人誌は全て、とある鎮守府の"朧ちゃんとちいさな提督のおはなし"*1を描いた漫画作品だ。加えて、「ほしのふるよるは」「おもいでの殻」にはゲストイラスト・漫画・小説も収録されている。
著者のいちごさんは、日頃からpixivTwitterなどで数多くのイラスト・漫画を公開されている。僕が最初に目にしたのも、氏の艦これワンドロ*2イラストのツイートであったと思う。*3
簡潔にいちごさんの作品の魅力を述べるならば、それは柔らかい線画であり、鮮やかな彩色であり、かわいいキャラクターであり、彼らに寄り添ったきれいな言葉である。そして何より、それら全てが優しい視座から見据えられ描かれていることだろう。愛らしく微笑ましい絵の数々を鑑賞していると、僕はしばしば心に火が灯ったような暖かい気持ちになる。
そんないちごさんの艦これ二次創作の中心となっているのが、駆逐艦・"朧(ちゃん)"と彼女たち艦娘の司令官である"ちいさな提督"だ。いわゆる「創作提督」系作品の一つと考えて差し支えないだろう。未読の方は、まず朧ちゃんとちいさな提督がケッコンカッコカリするに至る一編、「朧ちゃんとケッコンカッコカリ」をご覧頂きたい。さらに、「朧ちゃんと提督つめあわせ」を見てもらえれば、およそ二人の関係や雰囲気がわかってくるはずだ。

朧ちゃんとケッコンカッコカリ by 苺6480 on pixiv

"朧ちゃんとちいさな提督のおはなし"はどうやら全体としては"長い長いおはなし"*4であり、一連のイラストや漫画はその思い出のうちのあるひとときを短く切り抜いたものであるようだ。これから感想を綴る四冊の本の中で語られているのも、そういった切り抜きの思い出たちである。一つ一つ、辿っていこう。

vol.1 おぼろちゃんといっしょ

ファンブックvol.1「おぼろちゃんといっしょ」は、2人がケッコンカッコカリと新婚旅行を終えた後の2日間のお話。
表紙、手を繋いで歩く朧ちゃんと提督。提督が書いたと思しきおぼつかない字に頬が緩む。
よその鎮守府にお伺いする時は、そこの艦娘さんたちがどんな艦娘さんであるのか(もちろん自分の鎮守府の艦娘たちとは違う艦であるので)楽しみでもあり怖くもあるわけだけど、そこのところは最初にみなさんの紹介ページがあるので人見知り提督の読者も安心だ。提督・朧ちゃん・漣ちゃん・霧島さん・比叡さん・谷風のキャラ紹介、どれも短い文章ながら精確に人柄が伝わってきて楽しい。本編開始前の時点で漣ちゃんの印象が最高に(初期秘書艦で、縁の下の力持ちを悟られないように明るく元気に振る舞うって最高でしょう)。
本編。比叡さん・霧島さんによって朧ちゃんと提督の元に届けられた煎餅布団、これを機に二人は寝室を一緒にすることになった。冒頭の「さっすがですね〜!」から顕著なんだけど、このシリーズはゲーム版の台詞の流用がめちゃくちゃ上手いんだよね。それぞれの艦娘の身の丈にあった自然な用法で最大の効果(主にお笑い的な意味で)を発揮してくる。
明くる朝からはかわいいの波状攻撃。寝起きで頭が爆発してる二人、髪を結う朧ちゃんと結われる提督に和む。部屋着おひろめ会で眠さのあまりよくわからないことになっている二人、"からあげなどたべたい気持ち。"は本書の中でも一番可笑しい。執務室ピクニックで食事を行うみなさん、台詞と手描き文字が満載さればたばた賑やかでよろしいかと。
後のシリーズでたびたび出てくる、この鎮守府にはびこる二大悪癖「ドアを開けてからノック」「人の話を盗み聞き」もvol.1から登場している。こういう独自の「ならわし」みたいなものがあると、よその鎮守府に来たんだなあという感じがしていいね。安心感すら覚える(行為自体はおすすめできない……)。
アイスを食べる二人、お風呂あがりでタオルをごしごししながら食べたその味をいつまでも覚えていてほしいと差し出がましく思う。そして、寝る前に一日の良き思い出を振り返る提督の健気さ、楽しいのは朧ちゃんといっしょだからだと告げる純真さに胸を打たれる。提督の勝利によって思い出は閉じられる。いつまでもその"楽しい"が続くことを願わずにはいられなかった。

vol.2 ほしのふるよるは

ファンブックvol.2「ほしのふるよるは」は、クリスマスにまつわるお話。背中合わせでプレゼントを見つめる朧ちゃんと提督が嬉しそうでよい。なにげに身長差もあらわになっているし。
みなさんの紹介ページは、前作からそれぞれのレベルが上がっていたり、新しい顔が見えていたり。今回から登場した明石さんはこのシリーズの中でも大好きな艦娘さんの一隻だ。
さて本編。とある再会の後、霧島さんたちが持ち帰ったツリーに伴って、鎮守府はクリスマスムードに突入する。ご馳走の質は演習の戦果で決まる(!)ということで気合!入れて!戦いに臨む朧ちゃんと愉快な仲間たち"さいきょうのふじん"だった。
とにかく比叡と谷風の「おまかせ艦隊」*5がうい奴らすぎてね……今作を読んでから自分の艦隊の谷風ももうちょっと厚遇してあげようと思った。あと、紹介にはいなかったけど最上さん・龍驤さんもいい味出している。
さいきょうのふじんの戦果は上々、無事にクリスマスパーティを行える運びとなった。漣ちゃんがね、ほんとに気の回るいい子なんだわ……谷風をいじる手練手管も冴え渡ってるし。
シャンパンのジョッキ飲み……そういうのもあるのか……などど感心しつつ、提督からみんなへのプレゼントが行き渡る。そして朧ちゃんへのプレゼント、朧ちゃんから提督へのプレゼントも。「プレゼント」が何かすらわかっていなかった提督が温かい気持ちでクリスマスを好きになってくれたことが嬉しい。そして"……朧は"から"えっと朧も"へと助詞を掛け直す朧ちゃん、しびれるねえ……
クリスマスを題材にしたゲスト作品、コメントも含めて余すところなく楽しませていただいた。今後ゆっくりこっそり参加者さんたちのpixiv等をフォローしようと思う。

  • ミッタニウムさん:赤面ヴェールヌイがとってもいじらしい。
  • ジョイさん:朧と提督の隙間や、二人の身体の折り曲げ具合に惹かれる。
  • よりかさん:漣の善性は七つの海を覆って余りあるのでは?
  • そこつさん:愛宕の内側にそっと入り込むような小説は貴重でありがたい。
  • フジノキさん:靴下かわいいなあ。カニさんが物欲しそう……
  • いずみやみそのさん:漣の悪性は七つの海を覆って余りあるのでは?
  • かとうさん:また奥深い提督を一人(?)知っちまったな……
  • fuzinoさん:加賀さんと長陸奥の表情がかわいい。
  • だんちょうさん:何度お気に入りの艦娘をクリックしても普段と変わらなかった時の悲しみ。ほんとこればっかりは運営のさじ加減次第なんだよね……
  • 19さん:そこに☆を付ける発想はなかった。提督と雪風のノリもこれだけ軽いとむしろ清々しくていいっすね。
  • 鮭田まもしろうさん:ゆっくりと噛みしめるような朧ちゃんの表情の移ろい。
  • みほさん:やめてくれ朧、そのモノローグはオレに効く。

――そして時間はパーティ前の夕刻に遡り、明石さんは泣きながら"提督"に語りかけ、思い出は閉じられる。最後の1ページで明石さんにガツンとやられてしまった。この二人のお話が読みたいなあ。

vol.3 タメイキツミキ

ファンブックvol.3「タメイキツミキ」は、艦これの2015春アップデートによって実装された「能動分岐」のお話。
表紙は寒色が目立ち、糸電話を持つ朧ちゃんと提督の表情も少し物憂げだ。裏表紙を周って糸が鮮やかな色彩とともに伝っている意匠を優美に感じる。
まえがきにもある通り、いざ羅針盤によらず完全に望んだ進路を選べるとなると選ぶことに伴う責任が提督にのしかかってくる(少なくともそういう意識が生まれる余地がある)。それを思う時の不安と、そんな暗い想いを打ち払って応えようとしてくれる艦娘たちを描いたストーリーになっている。
鎮守府のみなさん、今回は新顔が多くて賑やかだ。綾波ちゃん・もがみん・敷波ちゃん・センダイサン・バリサン……お気に入りは綾波ちゃんかな。後述。
本編。うん、いっそ進路を艦娘に決めてもらいたい、なんつってな気分になることあるよね。とはいえ本当はもう提督の算段は済んでいるわけで、でも"えらんだほうでみんながつらかったら…"って思っちゃうわけで……。そこで艦娘さんたちに励ましてもらえるっていうことは本当にありがたいと思う。そして、朧ちゃんの言葉に後押しされ、ついに決断を下す提督の貴い表情に胸が熱くなる。
もちろん、ここで読者はこんなにも健気でちいさな提督に重い決断を迫る世界に怒りを表明したっていい。艦娘と呼ばれる者たちが戦いに身を投じる事の悲愴さについても(今に始まったことではないけれど)怒りたいだけ怒ればいいだろう。ただ、僕は「提督」があり「艦娘」があり「深海棲艦」があるこの世界――それらは「そうある」ものとして定まっているように見える――を呪う前に、「朧ちゃん」と「ちいさな提督」がどこへ向かっていくのか、もう少し見守っていきたいと感じた。「そうある」ことを認めながら受け入れず、「そうあれかし」と望みながら囚われず、思い出を手繰る旅はできないものだろうか。
――そして時間は第十一号作戦終了後へと進み、綾波ちゃんを中心としたいくつかのお喋りが繰り広げられる。提督、朧ちゃん、敷波ちゃん、もがみん……綾波ちゃんの言葉に赤面して飛びかかる朧ちゃんと迎え撃つ綾波ちゃんのいきいきとした顔・身体、非常によい。朧ちゃんのすらっとした左腕の先、左手に指輪も見えるいいコマなんだよなあ。
煙草を吸う艦娘たち、いいねー。*6綾波ちゃんともがみん、いつからライターを手にしていたのか、いつから煙草を吸っていたのか、もう覚えてないという言葉がどことなく悲しく響く。
そして、こちらの鎮守府おなじみの悪癖・盗み聞きから続く不穏な会話、"希望的観測"・"意思"・"生"・"執着"……ぞっとするような言葉の数々にめまいがした。思い出は燻る煙とともに閉じられる。

vol.4 おもいでの殻

ファンブックvol.4「おもいでの殻」は、サマーシーズン到来!なお話。
表紙、かばんやバケツにはたくさんの楽しいが入っているに違いない。裏表紙、指輪ケースに始まってこれまでのエピソードに登場した小道具(煎餅布団に付いてる本、耳あて、マフラー、靴下、海図?など)が流れるように配置されていて……ほんとそういうの弱いんすよ……。
みなさんの紹介、今回はおなじみの面子がそれぞれサマーバケーションな格好をしている。谷風のレベリングが捗ってるなー。
鎮守府は夏季休暇の気配に浮き立つけれど、提督は自分が休んだら代わりがいないので休まないなんて言う。その時の提督の顔が虚ろで怖くて、「提督」であることがこの子をどれだけ……いや、なんも言えねー……。今回はわくわくしつつもずきずき仕様なんだよね。谷風の"趣味を持つなんて考えた事もなかったな…"もわりとずっしりくる。
明石さんの提案で、近所に住んでいる「藤代さん」に提督を代行してもらい、アウトドアに繰り出す朧ちゃんと提督といつもの面々。藤代さんは漣ちゃん・霧島さん・明石さんとは知り合いということで、特に明石さんとの優しい会話が印象深い。綾波ちゃん・敷波ちゃん・最上さん・龍驤さん・浜風さん・木曾さんといった居残り組も描かれている。今回新登場の浜風さんと木曾さんもほんといい子らで嬉しい。
朧ちゃんらは川で水着披露の後、バーベキューに勤しむ。明石さんの水着カワイイヤッター! 花火もやって星空も見て、外で過ごす夏の休日を満喫した提督、楽しそうでよかった。
自身の提督と嫁艦で水着をテーマにしたゲスト作品は、今回14名参加で実際豪華。分厚く読み応えありありで、ページをめくるごとに晴れやかな夏が手元に届いた。ちいさな提督とのクロスオーバー的な作品もあって、世界が豊かに開けた感じがした。それってほんとにいいことだと思うんだよね……。

  • ジョイさん(朧):つまり朧に朧をかけてカワイイが2万倍だ。わかるか?この算数が。エエッ?
  • ぴかるんさん(朧):カニ島さん、ガンダムアシュタロンめいているので比叡がヴァザーゴになって合体すればよいのでは?
  • fuzinoさん(加賀):空母心を掴むのは並大抵のことではない……。むっちゃんもかわいい。
  • そこつさん(愛宕):こういった形の提督・艦娘の絆もまた好ましい。愛宕さんの幸せな未来を祈る。
  • だんちょうさん(電):あ、あれおかしいな、朧の蟹が種類レベルで変わってるような(目をごしごしする)。
  • みどるんさん(漣):ずきゅーん(ときめきで残機が1つ減る音)。この後ボールが流されて二人で慌てて追いかけたりするとよいなあと思った。
  • 恵太さん(時雨):方言入った提督に親しみを覚える。あらゆる時雨ちゃんの手つきが庇護欲をかきたてる。
  • 夏見こまさん(鳳翔):シチュエーションも提督の手の取り方も鳳翔さんとしおいちゃんの表情も素晴らしい。
  • いずみやみそのさん(漣):(ニーズを生み出すお客様は)いるさっここにひとりな!!
  • ちょっと剛毛さん(朧):ラムネ持ち夏の名を呼ぶ子どもたち。たいへんラブい。
  • よりかさん(漣):こちらでもキラキラしてる明石さん。漣ちゃんの優しさが五臓六腑に染みわたる。
  • よいろさん(若葉):微笑みに至るシークエンスisナイス。
  • 19さん(雪風):別にフェティッシュで手の話ばかりしてるわけではないんだけど、この雪風の提督に対する手の取り方もほんといいんだよ。
  • さぶさん(曙):側に居ながら何も言わないということができる、自分もそんな提督でありたいと思った。

――そして三つのエピソードが入れ替わり立ち代り。"「朧はこの季節が一番好きなんです」"、なので約束を持ちかける朧ちゃんと、ふるふるして(かわいい)それに応える提督。綾波ちゃんの穏やかでない話アンド極上辛辣スマイル。漣ちゃんの独白――独白? 本当に?――をもって、ひと夏の思い出は閉じられる。
朧ちゃんとちいさな提督のお話は続いていく。四冊の本を通して語られた思い出たちを辿っていくにつれ、いつか彼女たちの身に悲しいことが起こっていた/起こるんじゃないかという怖気が走る。辛い兆しを抱えた胸はもう破壊されそうになっている。けれど、思い出の一つ一つには確かに嬉しい楽しい喜ばしいがあるから、それらを装備して次の思い出へ向かうことができる。
藤色の遊び紙をめくり、本を閉じる。

おわりに

語り続けられている途中のお話について感想を書くということはわりと苦手な質で、それには落ち着かなさとか自分の予断に引っ張られる恐れとかいろいろ理由がある。けれども、この「朧ちゃんとちいさな提督」については克己してでも何か書いておきたいという想いがあった。
出来上がったこの文章は物語へのラブレターwith紹介&おすすめfeat.信仰告白みたいなものになってしまったけど、読まれた方が興味を持たれてこの作品を手に取ってくれることがあれば、1人のファンとしてこれ以上の喜びはない。
今後発行されるであろう続刊も楽しみにしている。東京圏のイベントにはあまり参加できないけれど、ありがたいことに委託があるからね。
8月14日から3週間と少し、自分の艦隊と共に艦これ夏イベントに向き合う傍ら、いつもこの物語が側にあった。幸福な夏だった。
 
――――季節はアップデートする。
 

「夏が終わっちまったねえ。なんだか、寂しいねえ。……ん、まあ、いいか! 夏はまた、来年もくるしねー。な!」
 
(「艦隊これくしょん」、谷風2015年秋ボイス)

*1:とらのあな紹介ページより

*2:1時間ドローイング=お絵描き60分一本勝負。艦これの場合はTwitterハッシュタグ「艦これ版深夜の真剣お絵かき60分一本勝負」が代表的。その他に特定艦娘やカップリング・艦隊ごとのワンドロも存在する。

*3:自分のFavologに記録されていた最古のFavは2015年5月。え、まだ初めて拝見してから半年経っていなかったのか?

*4:「ほしのふるよるは」あとがきより

*5:「まっかせてー」「谷風におまかせだよ」というおまかせ台詞を発する二人組。

*6:最近は長岡建蔵さんの煙草艦娘イラストなどもあって自分のタイムラインではけっこうトレンドっぽい。家具の設定から駆逐艦もお酒を呑むらしいことが明らかになったし、お酒を呑むなら煙草を呑んでもおかしくないだろうってことで艦これ界隈の煙草への抵抗感もあんまりないんじゃないかなという私見。煙草を吸う綾波の例としては、ソウタマエさんの「(仮)【カッコカリ 3話】」がある。