15練乳/瀬野部屋/トリプルチーズバーガー「朧採集」 感想

はじめに

そんなわけで。15練乳・瀬野部屋・トリプルチーズバーガー主催の艦これ非公式ファンブック・朧合同誌「朧採集」を読みました。感想を書いていきます。

書誌情報については告知サイトをご覧ください。
朧合同誌「朧採集」告知サイト
本書は、どの作品にも駆逐艦・朧が2人以上登場するという珍しい趣向で作られた合同誌であります。17名の作家により執筆された朧たちは合計すると47名、都道府県や赤穂浪士いろは歌のかな文字数に等しい数の彼女たちが、入れ替わり立ち替わり紙面を賑やかしています。実際、最初から最後まで全ての作品ページに朧が絵か文字で描/書かれているという、その筋の方々にとっては嬉しさ極まる多幸感仕様になっています。

まずはなんといっても装丁がよいですね。
告知サイトの書影を見ればわかるとおり、表紙は各作家の朧たちが郵便切手となって散りばめられており(カニさんもいます)、左下にはタイトル「朧採集」の月偏をピンセットで抓む手が描かれています。絆創膏からしてこの手もまたどこかの朧の手でしょうか。*1
15練乳の前回の合同誌「お腹いっぱいになりました」から引き続き、夏見こまさんがデザイン協力されているとのことです。実際の書籍にはタイトル箔押しや色柄の遊び紙といった僕が好きな加工もされていて、ずっしりとした重さもあり、いっそう豪華さが感じられます。イチゴさんの内職によってメロンブックス通販版にも栞が付属するという仕様がありがたかったです。

「朧採集」という書名について。「採集」という言葉の選定に、手ずから朧にまつわるお話を集めていこうという主催者(それぞれが作家として本書に参加されています)の意気込みを感じます。*2なんというか「よーし、パパ張り切って朧のエピソード集めちゃうぞ」というエネルギッシュで欲深なタイトルだと思いました。

ところで、表紙の切手は本来「採集」ではなく「収集」という語を用いるものですから、書名とはややズレがあります。しかしこれは単に書名と表紙が乖離しているということではなく、「集(める)」あるいは「(艦隊)これくしょん」という言葉の連想から喚び出された切手が、「ここではないどこかへ運ぶための手形」という本来の役割を果たし、コレクションした朧たちのお話に触れるためのフォーマットとして機能している、ということであるように思います。目次ページでは各作品の題名の横に置かれた切手に消印が押されるという意匠があり、ここにおいて切手はそれぞれの作品世界へ飛ぶためのいわばチケットとして働いているわけですね。

唐突ですが、創作は扉の性質を持つ、ということを僕はここ二年ほど*3考えています。
かいつまんで書くと、創作、特に二次創作には、原典の作品世界やキャラクターに対して二次創作者が想像する作品世界やキャラクターを新しく繋げて開くものという一面があり、それはイメージとしては扉として捉えられるのではないかな、ということです。*4
先ほど”作品世界へ飛ぶ”と書きました。それはこの扉をくぐるということと同義であります。既述のような切手の意匠は、こういった僕の考え事とリンクしているところがあって面白く感じました。

この本には17の、あるいは47の扉があります。それぞれの扉の先で、それぞれの朧が呼吸をしています。ここからは、僕が切手を通して扉をくぐった先で見たこと、感じたことを述べていきます。採集行為になぞらえて、フィールドノートのようなものとしてお気軽にお読みください。

えび味噌汁「たとえ相手が朧でも。」

何事も初めが肝心です。本書のレセプションは、三人の大小混じえた朧たちの交流から始まります。タイトルは原作の着任時台詞の「誰にも負けない」にかかっているわけですが、
とある艦隊の中心的存在である朧、そんな朧を目標として「負けない」と言う小さな朧ちゃんたちが健気でよいです。初手から直球が気持ちよく投げ込まれたという感じの爽やかなスタートです。

かず「いつか来た道」

続く本作は、ある朧が艦娘になるきっかけとなった出来事と、そこで出会った先輩の朧にまつわるお話です。敷波ちゃん出てくるとテンション上がりますねテンションが! 振り返る過去の出来事は過酷なものでありますが、フェードインとフェードアウトの式波ちゃんとの会話がそれを確かな今に封じているように感じます。

砂上はりま「朧が朧に至るまで」(挿絵:せのん)

題名どおりに、一人の女の子が駆逐艦・朧になるまでのお話です。多くのバリエーション豊かな朧が出てきますが、こちらの鎮守府の艦娘運用の仕組みはかなり辛いものがありますね……実家・造船所・演習・出撃、長い戦いを経て朧へと至った彼女の日記は、閉じられた後までビターな物語として続いていくのでしょうか。朧だけでなく漣も二人出てくるところに妙味があります。

fuzino「新しい仲間?」

ドロップ着任の小さな朧を七駆があれこれと気遣いしていくお話。曙が絵本を読ませようとし、潮がシールをちらつかせ、漣が抱擁を提案する、この鎮守府固有の色が出た七駆の様態が面白いです。言われてみれば彼女らはそういうことをする娘さんであるような気もしてきます。この「自分では想像しなかったが、示されてみれば納得感がある」という感覚が同人の楽しいところですね。最後に朧と小さな朧のシンクロによって落着するところも好ましいです。

そこつ「唯幸せであれかしと」

海だけではなく、世界そのものが朧を苛む時、もう一人の朧には何ができるでしょうか。ひととき同じラムネを飲み、語られた夢を聴き、約束を胸にしまう……そういった交わりの中で、"魔法"という言葉には身を寄せたくなる温かな響きがあります。文章のリズムが心地よく、傍点やルビの振りといった技芸も冴えていて、執筆者の練度を感じさせる読み物でした。

ショーコ「生前、もしくは死後の話」

ファーストインプレッションとしては、本書の中で一番心掴まれたお話です。アイデアを短編漫画にまとめる構成力がたいへん素晴らしいです。喋るカニさんがいい役をしていますね。うちの朧付きのカニさんもこういう風に話してくれると嬉しいんですが、未だその兆しはありません……。

ななさん「模倣-イミテイト-」

こちらも心惹かれた作品です。短いページで感情を駆動させていくスロットルの上げ方が小気味良く感じました。ななさんは美少女の作画にあたって唇をはっきりと描かれるので、艦娘さんのお顔立ちに上品な艶があるところがよいです。

あざらく「オボロズ・ジャム」(挿絵:せのん)

同一艦娘は1つの艦隊内に同時に2人以上編成することはできないというゲーム上の仕様に対して「でも編成したいよね」という欲望のもと突き進んでいくスタイルは率直で好感を持ちます。この作品もかなり多くの朧が出てきて鉄火場もあり、たいへん賑やかになっております。世界よ、これがオボロンジャーズだ……

とだかづき「バックトゥザ朧!」

本書では唯一の四コマ漫画作品でした。タイムマシンで未来からやってきた朧、ありそうでないネタで面白かったです。二人の朧がわいわい楽しくお話した後にオチまでしっかり決まっていて、時間を絡めた話はやっぱり鉄板で強いと思いました。

せのん「刹那の間にて」

せのんさんの描く艦娘さんのお顔から、個人的には「sense off」の頃のゆうろさんに似た和やかさを感じます。安心感を覚えるというか……そのため、お話の内容は朧の危険が危ないものであるにも関わらず、作品全体にはゆとりのようなものがあってよいです。

さぶ「カノンがきこえる」

「艦これ」ゲームシステムの一つ・近代化改修をどのように捉えて表現するかは作家さんによってかなり幅があります。ここでのそれは切ないものとして描かれていますが、強化された朧の中で赤・青・橙・黄のポリフォニーが唄われる、そんなこともあるかもしれないと信じさせる確かさのある一作でした。

AMANAGI「98と、ぷらす1」(挿絵:かず)

このタイトルの作品が99ページに配置されている、というのは作り手の遊び心でしょうか。朧と小さな朧"ちぼろ"、女性提督の三人の絆を描きつつ百合要素もあるという小説です。主機の出力調整のくだりなど、艦娘の日常業務のディティールがよいですね。登場人物も皆優しい人たちばかりで微笑ましかったです。

猿渡ごしき「Island Memories」

観測範囲では朧(に限らないかもしれませんが)の史実にまつわるエピソードを描かれる方はそう多くはなく、今作は貴重な一本であります。艤装を纏わない素足の朧というビジュアルもまた珍しいものでありました。鉄は時間とともに朽ちていくのに対して、艦の魂と記憶は今なお「あの頃」を保ち続けている、それは確かに彼女からすれば嬉しいことなのでしょう。淡いトーンが作品全体に優しい風を吹かせているような印象の作品でした。

米屋ぺち「セピア色の記憶と」(挿絵:かず)

夢の世界で朧はもう一人の自分の声を聴く、というところから始まるお話です。怖気を伴う緊張感がだんだんと温かく解きほぐされていく、その過程はゆらゆらと波に運ばれるような読書体験でした。グッドです。

ソウタマエ「七駆っぽい朧」

素敵な七駆順列が展開されるお話です。画面づくりが丁寧で、四人の朧それぞれで異なる台詞のフォント、デフォルメの可愛らしさ、手書き文字のくだけ方など各所に楽しみがあります。ソウタマエさんのライトサイドが前面に出た快作でした。

うみどり「おぼろがさんにん!」

ポップでキュートな絵柄でお菓子作りする朧さんたちがかわいいお話でした。浜風や七駆のみんなも出てきてくれて嬉しいです。「誰にも負けないクッキー」、是非とも食べてみたいものですね。

苺6480「終の棲家」

去りゆくオリジナルの朧と、後を継ぐコピーの朧、二人の朧のお話です。提督*5とのお別れも、去りゆく朧から後を継ぐ朧への優しく確かな言葉も、後を継ぐ朧から去りゆく朧へのまっすぐな告白も、笑顔とともにあるということが有り難いと感じます。作中には本当によい笑顔が幾つも花開いていて、胸にじわじわと沁み入ります。ラストシーンも、原作台詞のアレンジが綺麗に決まっていて素晴らしかったです。
登場人物では去りゆく朧が好きですね。悲しみや苦しみが身体に刻まれ続けていても今はそれを遠いものにしてしまえた強さ、がんばってるうちに周りの人のことを考えられるようになった柔らかさを持つ彼女は、なんというか生のステージを一つ上がった人に特有の魅力があります。語りも軽やかで、それでいてしっかりとした裏打ちを感じさせるのでついつい聞き入ってしまいます。
また、イチゴさんの描く明石さんはどこをとってもかわいく温かくて素敵ですね。口では「工作艦が許すとでも?」って言いながらも高速修復材入りのお風呂入れてるのは艦種というよりは多分に本人のパーソナリティに因ってそうで貴いです。

まとめ

「朧が2人以上出る」というはっきりしたテーマがあるため、各作品アプローチは様々ながらも全体に統一感があり、綺麗にまとまったよい本でした。扉の向こうからいろいろとお土産をいただいた気分です。ありがとうございます。

同じ艦娘が2人といえば、まきえもんさんの「叢雲ちゃんと秘書艦叢雲改二」という漫画があり、*6これは同じ艦娘が2人いることの善さだけをハートフルに描ききった名作として僕の心に刻まれた作品です。*7そういったことから、自分の中で艦娘二人のお話は興味のあるテーマとなっていたため、今回の本も楽しみにしていました。*8

朧が二人以上いるという時、ほとんどの場合その朧たちには身体的・精神的な成長度の差、練度の差、性格的な個体差・鎮守府ごとの文化差など、何らかの差異があります。その差異が形作る、朧の微妙な輪郭の揺らぎについて考えを巡らすことは、本書の読後の楽しみの一つでありましょう。そして、差異を考えることはどこまでが同一かを考えることに近しく、それはまた駆逐艦・朧そのもの、輪郭の内側について考えることにも繋がってきます。

このテーマに果敢に取り組んだ17の作品を読み進めることは、自分にとって朧はどんな艦娘であるかということを見つめ直す旅のようでもありました。幾人もの朧と朧を繋ぐ線をなぞるようにページを手繰り、2人以上の朧たちを起点として、三角測量のように彼女たちが生きるそれぞれの艦これ世界の手触りまでをも得られることができました。

それでも、僕にとって朧はまだ、途方に暮れるくらいわからないことだらけの艦娘であり続けています。*9当方は他人のことをわからないままわからないなりに絆を深めるということを是とする気風の鎮守府ですので特に問題があるわけではありませんが、朧のことをわかっていくにはまだまだ時間がかかりそうですね。*10

では、そろそろ結びとしましょう。

本書は、より深く朧を識るための彼女たちの採集<<コレクション>>であり、2017年最新の彼女たちの記憶<<リコレクション>>であります。この本を手にしている限り、読者は17の新しい艦これ世界・47の新しい朧へと向かう、ささやかで絶対的な旅行権を持ちます。せっかくなので、この感想を読まれた艦これファン・朧ファンの方にも是非その権利を手にして気軽に旅してみてほしいと思います。どんなに輝かしく美しいものがその先に待っているとしても、自らの手で扉を開かないことにはそこへ辿り着くことはできないのですから。

そして、本書をきっかけとして18番目の、あるいは48番目の扉がこの世界に生まれたなら、それはとても豊かなことだと思うのです。

(BGM:newsong / tacica

*1:朧はバレンタインの季節限定グラフィックで右手人差し指・中指・薬指に絆創膏を巻いています。

*2:ほら、「採」の字に「手」偏入ってますし……

*3:つまり15練乳の艦これ同人誌を初めて読んだ時から今日に至るまでのことです。

*4:あるいは窓や門といった比喩でもいいかもしれません。

*5:今回はいつものシリーズのちいさな提督とは違う提督さんです。

*6:https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=62362949

*7:自分が艦娘2人ネタで創作するとしたら何らかのネガティブ要素をつい入れたくなってしまうのですが、この漫画は叢雲が二人いることのポジティブなところだけを描いていて、自分の中からは出てこない貴いものに触れたという感動がありました。

*8:同じ駆逐艦でも叢雲と朧は色々な点で異なった艦娘です。特に大きく違うのはゲーム内で改二が実装されているかどうかというところですね。「叢雲ちゃんと秘書艦叢雲改二」が新規着任した叢雲から先輩の叢雲改二を見る話であったのに対して、今回の本では先輩の朧がいる鎮守府に新しく小さい朧が入ってくるお話がいくつかありました。改二がないため、オルタナティブな朧を考えると小さい朧に寄りがちということはあるかもしれません。

*9:というかもう4年もゲームやって二次創作に触れてきているにも関わらず艦娘のことがよくわかりません……俺たちは雰囲気で艦娘と触れ合っている……うごご

*10:ちなみにうちの朧はLv120、不知火とともに駆逐艦のツートップになりました。期待を寄せれば寄せただけ応えてくれるよい子です。