小説「武士道セブンティーン」 感想

そんなわけで。誉田哲也「武士道セブンティーン」の感想。
現代剣道小説として、前作「武士道シックスティーン」は好感の持てる内容だった。しかし同時にやりきった感もあり、次作では何について書くのか、そのテーマに興味を持っていた。誉田さんはインタビューで以下のように答えている。*1

誉田 一冊目の刊行後に、ある雑誌から「武士道について」というインタビューを受けまして、その中で、武士道とは、武道とは何かという話をしたんです。それがきっかけで「武士道」とタイトルに謳(うた)っていながら、武士道については何も書いていなかったと気付きまして、だったら『セブンティーン』ではそれをテーマにしようと。真正面から武士道や武道を早苗と香織の物語の中に詰め込んで書いてみようと思いました。

文藝春秋|雑誌|本の話|PICK UP

上記のように、本作は「武士道とは何か」について真正面から取り組んでいる。その答えについては後述するので、ネタバレ見たくない人は以下の「武士道論」の項目は読まない方がいいかも。

武士道セブンティーン 目次・構成

  1. 新時代
  2. うそついちゃった
  3. 市街戦
  4. そんな無茶な
  5. 忠義心
  6. 梅ヶ枝餅は好きです
  7. 理合い
  8. 軽く殺意を覚えます
  9. 彼女説
  10. 先輩に会ってきたの
  11. 人事権
  12. 戻ってまいりました
  13. 心理戦
  14. みんな立派だね
  15. 夏模様
  16. 私に似合うかな
  17. 屁理屈
  18. 恐縮です……
  19. 玄人受
  20. チョーいいアイデア
  21. 警官魂
  22. 寝ぼけてないよ
  23. 武士論
  24. 決闘を申し込みます
  25. 御一行

本書は、前作と同じく磯山香織、甲本早苗の二人の視点を交互に描いていく構成となっている。また、剣道のたすきを連想させる、紅白二本のしおりが付いているのも前作と同じ仕様だ。香織サイドでは赤を、早苗サイドでは白のしおりを使うと、制作者の想定したイメージが読み手にも想起されるだろう。

一人称の巧さ

誉田さんの筆力は高い。これは一人称の文章の巧さに集約されるんだろうね。会話文は特筆するほどでもないんだけど、地の文における一人称の思考言語が若者風で、変に落ちつきすぎていないところが良い。起こっている現象をちゃんと香織や早苗の目から見たように意味づけて記述しているから、彼女たちの未熟さや若さを感じることができる。
これが剣道描写の巧さにも繋がっている。剣道における体や竹刀の動きを言語化するというのは大変に面倒なことなんだけど、それをしっかりと行っている。一人称で記述していることが、逆にわかりやすさを生んでいるんだね。言わば香織や早苗が相手の動きを解説しながら戦ってくれるから。かといって説明臭いということはないし。僕は剣道経験者なので、言語から逆に稽古や試合の様子をイメージ化することができた。未経験者にとっても、難解すぎるということはないだろう、多分。

武士道論

本作のクライマックスでは、香織、早苗の両者が共に武士道の本質を知ることになる。過程は全く違ったけれど、同じ答えに辿り着く。それだけ、武士道は大きいということだね。
簡潔に書けば、

武士の仕事は戦いを収めることであり、それがひたすら戦いだけを行う武者との違いである。剣道は戦いを収めるための技術である。武士道なき剣道はただのスポーツにも暴力にもなり得る。

ということ。これが本書の示す「武士道とは何か」への回答だ。テキストにすると、本当に簡単だったな。

エンターテイメントと謎解き

で、ここからは全体的な読後感の話をする。
本作の「二人の剣道少女が武士道の本質に辿り着く」という物語は結局謎解きみたいなもんだと思うんだよ。でも、答えが簡単なわりには謎解きの部分に時間割きすぎ、引っ張りすぎっていう印象が拭えない。これは前作でも感じたことで、二人の主人公を交互に描くという構成と関係しているように思う。
謎解きの過程は、謎の答えに説得力を持たせるためにある程度の分量が必要だ。ただ、その過程の部分がエンターテイメントとして弱い。あまりに「謎解きしてます」感がするっていうか、物語の大部分を「謎の答えを探す過程」として描きすぎている。
前述のように、本書が執筆された動機が「武士道について説明する」ことだから仕方ないんだけど、あまりに各部から「ゴールに向けて用意されたイベント」感がする。面白いものを読んで、なおかつおまけで著者の言いたかったことやテーマが自分の中に入ってきた、というお得感がないんだよね。
単に僕がメタ視点に毒されてるんだろうか。
前作もそうだったし、本作の武士道論も前述したとおり簡単で、テキストにしてみれば1,2行で書けてしまう。だからどうしても、「こんだけ引っ張って得た答えがこれかよ!」みたいな落胆がある。
もちろん、簡単でもものすごく大切なことを説いているのは確かだ。さらに、物語内で答えの簡単さにフォローが入っている。

「ようするに、辻褄が合わないってこと。論理が壊れてるってこと。つまり正しい論理というのは、誰にでも簡単に分かるようじゃなきゃ駄目だ、ってことなのよ」

このように、最終的に明かされる論理の簡単さを物語内で弁護してるわけだね。理解はできる。できるんだけど、やっぱりその簡単な答えと、その答えに辿り着く過程のバランスに問題があるという感想に変わりはないな。

以上をまとめると、一人称描写、そこからくる剣道描写の巧さは確か。現代剣道小説としてのテーマ性(武士道論)も備えている。ただし、エンターテイメントとしては弱い。
なんだかんだ言ったけど、次作「武士道エイティーン」も読む予定。二人の主人公の行く末も見たいし、前二作とは違う構成らしいので、それに伴ってエンターテイメント性が向上してることを願う。

武士道セブンティーン

武士道セブンティーン

武士道シックスティーン

武士道シックスティーン

武士道エイティーン

武士道エイティーン

*1:リンク先「武士道エイティーン」のネタバレあり注意