「真剣で私に恋しなさい!」2周年に寄せて、あるいは「真剣で私に恋しなさい!S」プレ・インプレッション、あるいは

川神一子についての少考。

1 序

そんなわけで。2011年8月28日をもって、みなとそふとの武士娘恋愛ADV「真剣で私に恋しなさい!」は発売から2周年を数えた。
これを祝し、今現在の僕が「まじこい」についてどのような想いを抱いているか書き残しておく。また、来るべき「まじこいS」へ向けて、発売前の印象を綴る。9月末に公開される予定の体験版や、おそらく2011年のうちに出るであろう製品版をプレイした際に読み返すことで、比較検討できるだろう。

2 「まじこい」について語るということ

これまで、Twitterやらニコ生やらで断片的な「まじこい」語りは繰り返してきたけれど、まとまった感想・レビューの類はWeb上に掲載していない。発売前からまじこい専門のブログ「まじこい4ever」を立ち上げて更新を続けているにも関わらず、そこにもプレイログやゲームの細部に関することしか書いてはいない。
どうも僕には、大切なものになるほど、それを語る口数が少なくなるという傾向があるようだ。そして、「まじこい」こそは僕にとって本当に大切なゲームである。
このゲームについて思うところを述べる、ということには多大な労力を要する。労力と言っても実際は気負いのようなものかもしれない。作品と真剣に向き合おうという決意と、生半可なことは言えない、このゲームに関してだけは決して間違ってはならないという緊張がないまぜになった。
僕がようやく「まじこい」についてまとまった文章を書けたのは、「恋愛ゲームシナリオライタ論集2 +10人10説」所収のタカヒロ論「憧れのあとさき」においてであった。ここでは、「まじこい」をタカヒロ作品の集大成として位置づけ、そこへ至るまでの過程としてその他のタカヒロ作品を振り返り、タカヒロの作家性について考えることを試みた。読者の方からは拙論に対して好評をいただき、感謝している。
「まじこいS」発売までにもう一度「まじこい」作品論(感想・レビュー)をまとめ、Web上に放ちたいとは思っている。本文は、そのための準備運動という意味合いも持っている。

3 「まじこい」と関わってきた時間について

時々、一体どこからどこまでが「ゲームに関する時間」なんだろうかと考える。
美少女ゲーム(エロゲ)について言えば、ゲームエンジンを起動している時間だけが「ゲームに関する時間」であるとは、僕は思わない。「ゲームの時間」ではなく「ゲームに関する時間」と言う時、少なくとも、ゲームエンジンを起動するまでに今日はどんなことが起こるだろうと期待する時間、ゲームエンジンを終了してからプレイした内容を反芻する時間は含めてよいはずだ。また、ゲームの情報が公開されてからリリースされるまで待ち望んでいる時間や、ゲームを終えた後に感想・レビューを執筆する時間もこれに該当するだろう。さらには、知人や友人とゲームについて語り合う時間や二次創作を行ったり消費したりする時間も「ゲームに関する時間」だと考える。
そうしてみると、僕が積み上げてきた「『まじこい』に関する時間」は莫大である。作品の制作が発表された時点ではそれほどでもなかったが、2009年にふとしたきっかけからまじこいブログを作ってからは「まじこい」への慕情は膨らむばかりだった。
特に、5月下旬から8月28日の発売日まで毎日ブログの更新を行っていた時期は、文字通り「まじこい」のことを考えない日はなかった。毎週金曜日にみなとそふとのWebサイトが更新される度、「新しいキャラクターの立ち絵が公開された」「担当声優が発表された」「サンプルボイスが試聴可能になった」「体験版が出た」と言ってはbbspinkの「まじこい」スレなどで盛り上がり、その興奮を率直にブログに書いた。
このようなゲーム発売までの盛り上げについては、何よりみなとそふとのリードが上手かったと思う。昨年、id:catfistと会話したものをTogetterにまとめたので興味がある人はどうぞ。
Togetter - 「みなとそふとに見る、美少女ゲーム広報のあり方」
大作ゲームは開発期間が長くなってしまうことが弱点である。しかし、僕からすると、みなとそふとはこの弱点を逆手に取ったことになる。発表から発売までの期間、適度に作品の情報を与えられていった僕は、「まじこい」のことを考え続け、考えるほどに好きになっていった。もちろん「これだけの時間『まじこい』の発売を楽しみにしているんだから、面白いゲームになってもらわなくては困る、いやなってるはず!」という思い込みもあった。
そして、おそらくあの時期に最も強く念じていたのは「早くこのキャラクターたちと会いたい!」ということだった。

4 キャラクター

多くの場合、美少女ゲームをプレイし始めた段階で、僕たちはそこに登場するキャラクターについてある程度の知識を持っている。作品の公式Webサイトや、説明書のキャラクター紹介ページを通して情報を得ているからだ。
既述のように、「まじこい」は発売までの露出期間が長かったから、僕はキャラクターのプロフィールだけを知りつつ、彼ら(主に風間ファミリーを指す)が動いたりしゃべったりする姿は見ていないという状態がずっと続いていた。すると、そのうちに他のゲームでは経験できなかったことが起こった。僕は、いつの間にか彼らのことを好きになっていたのだ。
彼らの活動を始めて目にしたのは2009年4月に公開された体験版においてであった。その頃にはもう、彼らのことをずっと前から付き合ってきた友人のように思っていた。
理由としては、Webサイトの川神通信ページによってキャラクターの相関や会話を見ていたことが大きい(タカヒロのキャラクターメイクの手腕や、みなとそふとの広報展開のうまさは別の機会に語るとしよう)。
また、僕が京都に住んでいるため、タカヒロ作品の舞台である「神奈川」が同じ日本国内にありながら縁遠い、虚々実々とした土地であることも挙げられる。僕にとって「まじこい」の川神市は(それが川崎市をモデルとしていることもあって)妙なリアリティをもった街だし、遠く神奈川にまで足を伸ばせば、風間ファミリーに会えるような気さえしている。*1
ともかく、そうした僅かばかりの手がかりから僕が自身の内に膨らませていた彼らの姿は、体験版・製品版で実際に触れた彼らの姿と、かなりの程度一致していた。

5 発売後

「まじこい」製品版は発売日に購入した。9月にプレイし終えるまで、至福の時間が続いた。笑ったり泣いたり抜いたり。ここでは作品の内容について立ち入った話はしないけど、一言で言うなら「元気をもらった」。僕がいつもタカヒロ作品を遊んだ時に抱く感慨である。
プレイ終了後には、id:catfistが主催していた月刊ERO-GAMERS 2009年10月号『真剣で私に恋しなさい!』にゲスト参加するなど、「まじこい」語りにコミットしていった。この時期、id:LoneStarSaloonの感想を読んで「僕が言いたかったことを言ってくれてる人がいる!」という驚きと喜びを覚えた。
「真剣で私に恋しなさい!!」 - 好き好きほにゃらら超愛してる
今度こそ……「マジ恋」感想 - 好き好きほにゃらら超愛してる
しばらくは他の人の感想を読んだり、二次創作を見たり、「まじこい」を再プレイしたり、公式グッズを買ったり(実はドラマCDやアンソロジーコミックの類は購入していない)、ニコ生やTwitterで断片的な語りをしたり、「まじこい」を再プレイしたり、同人誌にタカヒロ論を寄稿したりしていた。
そして、2011年1月21日、「まじこいS」の公式サイトがオープンした。

6 「まじこいS」

「まじこい」の赤に対して「まじこいS」サイトは青を基調とし、風間ファミリーを描いたキービジュアルには平田弘史による題字が添えられている。
真剣で私に恋しなさい!S
この絵に関する当時のツイートを転載しよう。

「まじこいS」作中の時間は「まじこい」と同じ2009年なので、ここでは「まじこい」ラストの2010年春から「まじこいS」の2009年夏へ、というアクロバティックな接続が行われている。僕が「まじこい」という作品を心待ちにし、プレイし、語り合い、時には忘れていった時間と並行して、彼ら「まじこい」キャラクターたちの時間もまた連綿と流れ続けていた。それは、キービジュアルという視線から生まれた確信だけれど、たとえ観測することができなくても、僕は同じように遠い土地で暮らす彼らの姿を想うことができる。再会と言うにはまだ足りない、ささいな空の共有。

7 彼女の声は

先に示したのは"何故、誰も僕たちの方を向かないのか"という問いに対する一つの解だった。
しかし、改めて考えてみれば、「まじこい」作中においても、彼らは僕たち以上に彼らの生を楽しんでいた。元々、彼らは僕たちの方をほとんど向いていないとも言える。特に、川神一子に至ってはそれが顕著である。
真剣で私に恋しなさい!S 川神 一子
例えば僕が「まじこいS」のサンプルボイスを聴いて感じたのは、彼女の声はいつも前を向いていて、こちらを向いていないということだ。こちらを向いていると思えたとしたら、それはただ単に僕たちが彼女の前方に位置しているからである。観測者を意に介さない。*2川神一子の聖性とは、一端にはそのようなものである。

8 「未来の選択」システム

「まじこいS」Webサイト公開と共に明かされた本作のルート選択方式は、「未来の選択」システムと呼ばれるものだった。

まじこいSでは、まずゲームをスタートしてオープニングを終えるとこのような画面が出てきます。主人公の進む道の可能性を現したマップです。
2009年、5月末、2年生1学期…主にここから主人公の未来はいくつにも分岐します。それらは前作「真剣で私に恋しなさい!」で辿りついたエンディングです。
その未来、全てがありうる可能性でもあり、正史ともいえます。その中で自分好みの未来を選択してください。
 
まじこいSでは、選択された未来の話を楽しめます
つまり、新しいヒロイン達、新たなキャラクター達を楽しみたい場合は「誰とも恋仲になってない未来」をクリック。
逆に「俺はワン子といちゃいちゃするんだ」という人は一子との未来をクリックしてください。アフターS(スペシャル)が楽しめます。
また主人公の行動次第で、このグラフに新たな未来が追加される事があります

真剣で私に恋しなさい!S 作品概要

ここでは、"その未来、全てがありうる可能性でもあり、正史ともいえます"という一文に注目しよう。「未来の選択」システムこそは、「可能性」という問題意識に対するタカヒロの回答である。彼は、かつて以下のような発言を残している。

坂上:この数年でユーザーが美少女ゲームに求めているものが変化してきていることの象徴としてグランドルートを搭載したゲームの増加を挙げられると思うんですね。グランドルートがあるというのは、ようするにマルチエンディングにおける可能世界的な感覚を一つに束ねてしまいたいとする欲望が強くなってきたということでもあります
 
タカヒロ:『マジ恋』ではグランドルートを用意しましたが、あれは物語にしっかりとエンドマークを付けたという感じで気持ちよかったですね。
 
王:ただ、グランドルートを出すとそれが正解のように認識されちゃうんですよね。いくつかの物語を等しく用意しても、そのルート以外あり得ないという風に受け取られてしまうという弊害もあるとは思います。
 
タカヒロ:『マジ恋』はFD、もしくは続編を作る予定があるんですが、そこではそれぞれのルートの後日談を全部作り、それぞれを正しい歴史だとした上でアフターを展開するという意識が働いていますね。ある意味、続編を使って『マジ恋』の各ルート全てが正史であることを証明するというやり方ですね。一度そうした作業をこなさないと、どうしてもグランドルートだけが正史だということになってしまう。それは問題だと思いますね。今のユーザーは何事もはっきりさせたがっているが故に正しい唯一のルートを求めてますけど、作り手としてはどのルートにも愛着があるので全てを正史としてもらいたいわけですね。*3

このような思想を形にしたものが「未来の選択」システムであるわけだ。FD・続編だからこそ、このように露骨なルート分岐を用意できたのだと思う。
また、作品外におけるタカヒロの発言を待つまでもなく、「まじこい」本編においても「可能性」についての意識を読み取ることはできる。詳しくは、「恋愛ゲームシナリオライタ論集2 +10人10説」所収の拙論「憧れのあとさき」を読んでほしい。
「まじこいS」が全ての可能性を愛してほしいという想いをこめて制作されているなら、僕はできるだけそれに応えたい。選ばれた可能性の正しさを、この目で確かめ、この手で示したいと思う。

9 結

「まじこいS」について、憂うべきところは何もない。心穏やかに発売を待つだけだ。このような物言いの裏にあるのは、「まじこいS」への確固たる期待であり、「まじこいS」の内容は僕の「まじこい」への想念にいささかも影響を与えないだろうという諦観でもある。
作品を自分の中に定位するということは、ある意味でその作品を殺すことだ。「まじこい」は、今僕の中で死にかけている。2年経って、ようやく。
叶うものなら、「まじこいS」が僕の中の「まじこい」に新たな血を通わせてくれることを願う。殺し続けることで永遠に生かす、という形の執着もあると知る。

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*1:このような感覚を、「まじこい」がフィクションであるという認識と同時に抱いているところが面白い、と自分でも思う。

*2:実は「まじこい」メインヒロインの中で一番モテていたが、彼女はそれと気付かなかったというエピソードを思い出そう。

*3:坂上秋成司会・構成、「【鼎談】王雀孫×桜井光×タカヒロ美少女ゲームの突破口――新たなる『楽園』を探して」(『PLANETS vol.7』所収、第二次惑星開発委員会、2010年)