ゲーム「たいせつなきみのために、ぼくにできるいちばんのこと」 感想

1

そんなわけで。だんでらいおんのコマンド選択式アドベンチャーゲーム「たいせつなきみのために、ぼくにできるいちばんのこと」を終えた。
制作者が本作にかけた情熱はたいせつなきみのために、ぼくにできるいちばんのこと -What's TAIKIMI?-からも伝わってくる。2011年という時代にあえて「泣きゲー」を呼称し世に出そうというのだからよほどの気合を入れてきたのだろう。
また、タイトルの元ネタは玉沢円がかつて頒布したleaf「痕」二次創作同人誌の書名であり、シナリオライターとしても特に思い入れを込めた名付けであることが伺える。

2

第一印象

ではその内容やいかに、ということなんだけど……
ガジェットがいちいち心惹くのでつい期待してしまった。半身たる双子の妹、彼女との死別、箱庭的な学園、学園に伝わる六つの秘密、湖に水没した旧校舎、物語内物語、夕焼け空……いかにも面白くなりそうでしょ。
それに、ゲーム起動後のタイトル画面が素晴らしくてね。ヒロインのタイトルコールとともにBGM「天使の囁き」が流れる、あの空間だけは手放しで褒められる。

シナリオ

しかし、シナリオは全編通して読後感は悪くないものの、十分な尺の長さがあり*1辻褄も合っているのにどこか物足りない。シナリオはちゃんと書ききられてはいるが、「書ききる」が「整合性を持たせて語り残しがないようにする」程度の意味しか持っていない。
語り残しがないことですっきりするというプラス面よりも、想像の余地もなくなってしまったというマイナス面が大きい感じ。僕としてはたとえムラがあっても、一つ「これは!」というシーンがあればいいんだけど、その域に達していた場面はなく。もっと瞬間最大風速重視してもいいんだよ?

テキスト

テキストについて言えば、文章にねちっこさが欲しいという時に使われる手法が言葉の反復と指示語の多用と類語表現の繰り返しばっかりだったのが惜しい。
鷹也のモノローグにおける言葉の反復は相当くどい。"だから。/だから……。"といった記述でリズムが延びちゃうんだよね。好意的に見れば、それは彼の屈託した思考を表しているのかもしれないし、もしかするといなくなってしまったすずと合わせて二人分の言葉を噛み締めている、ということかもしれない。
指示語の多用や強調もテキストを遅延させている。これはまだるっこしいだけだったかな。あまり擁護のしようがない。
あと、言葉を尽くして類語を重ねていくほどに対象の事物を記述し得ないことが伝わってくる文章、あれはわざとやってるのか判断に迷う(笑)。どうも読んでると言葉をandではなくorで繋いでる気がするんだよね。「それはAであり(かつ)Bであり(かつ)Cであった。」と読ませたいのかもしれないけど、A・B・Cがあまりandで繋がるような言葉じゃないから「それはAであり(あるいは)Bであり(あるいは)Cであった。」の方が文意として自然になってしまい、結果として記述された対象の姿がぼやける。それで膨らんだイメージが魅力的かというとそういうわけでもなく、書けば書くほどピンと来なくなるという不思議なテキストだった。

原画

キャラクターデザイン/原画は松乃かねると日鳥(原画補:明音)で、特に松乃かねる画のすず・小鳩・郁奈多はよかった。全体的にイベントCGで躊躇なくヒロインたちの表情を歪ませるのが好印象だった。テキストもその勢いに従ってくれてればなあ。
制服デザインはやや奇抜でファスナーの取っ手が大きいところがエロゲしてるなー という感じだが、慣れればどうということはない。
背景美術(担当:はち)も美しく、特に物語の象徴的な場所である夕暮れの湖畔、そこに浮かび上がる旧校舎は出色の出来栄えだった。

エンジン

RPMゲームエンジンは難ありだった。自分の環境だとウインドウの最低サイズはクリアしていたけど、フルスクリーンにするとボタン等が消えてUIが使いものにならなくなるし、Extraからタイトル画面に戻る時の挙動が少しおかしい。
Hシーンで画面を頻繁にフラッシュさせるアンクリッカブルな演出はテンポを乱すので勘弁してほしい(コンフィグのエフェクト:OFFで解消できる)。

音楽

Angel Noteが担当したBGMはピアノ曲を中心によいものが多かった。既述の「天使の囁き」に加えて、変奏曲を除けば「影法師を追いかけて」「星空が見る夢」「予感」あたりが好み。
主題歌(OP)「夕焼けのマージナル」、テーマソング(ED)「たいせつなきみのために、ぼくにできるいちばんのこと」はどちらも気に入った。

ムービー

OPムービーで作中テキストを画面に配置する手法はわりとセンスよく決まっていたと思う。
ただ、ムービー冒頭に「なきたいほどの夕焼け空 きみとぼくの境界線(マージナル)――」ってコピーを出しちゃったのがなあ。"なきたい"って感情をプレイヤーに先行させちゃったら開始10秒で敗北じゃないですか。泣いてくださいと土下座しているに等しい。それは「泣きゲー」を謳うものとしてどうなの、という。いや、単に僕が「泣きたいほど(泣きたいくらい)」って形容が嫌いなだけなんだけど。
すずメインルートのみで流れるEDムービーはベタでよかった。他ヒロインのイベントCGも出てくるから画バレの心配があるけど、僕の場合は最後にプレイしたから問題なし。
スタッフロールでこのかなみ雪都さお梨の配役が逆になっているところはキャストに失礼なので差し替えが望まれる。

3

共通ルート。「朱」のイメージから物語が始まる。正直、"そう。/そこに、それはあった。"とか指示語が多用されまくったテキスト読んだ時点で嫌な予感はした。
選択肢が難しい、というか選択肢の意味が事後的に決定されるタイプで味わい深い。そこは旧来のエロゲフォーマットなのかよ。
例えば、すず・小鳩共通部分ですずと再会したあと小鳩にそのことを話すかどうかという選択肢で、「すずに会ったよ」を選ぶと小鳩ルート、「見られなかったけどね」を選ぶとすずルートに入ったり。要は「死んだはずのすずがいる世界」に小鳩を巻き込むか、巻き込まないかという選択なのだけれど、そういう選択であるということは事後的にしかわからない。*2

郁奈多

いっぱい本あったほうが幸せという加法的(©元長柾木)な本好き少女。僕も「なでり……なでり……」されたい。
郁奈多ルートはいい話だがしかし、内容はトキ子ルートと言っても過言ではない。主人公がヒロインのトラウマを解消するならまだしも(それも手早く処理しつつ)、主人公とヒロインが協力してヒロインの関係者のトラウマを解消する話というのはエロゲ的なカタルシスに欠ける。
制度に囚われた保守派の意見かもしれないけど、泣きゲーの新たな可能性ってそういうことじゃないんじゃないの、とは思った。
このルートを最初にやっておくことで作中作「あかね色の学園の物語」についての理解が深まるので、他ルートがわかりやすくなるという利点がある。

千鶴

最初はこの人のルートから行こうと思ってたけど、実際郁奈多→千鶴の順番でよかった。郁奈多ルートを踏まえると、千鶴さんの学生時代は「あかね色の学園の物語」、あるいはトキ子先生の学生時代の再演的なところがあるとわかる。トキ子先生が千鶴さんを気にかけてた理由は自身の境遇と似たところがあるから、でいいのかな。
千鶴さんはふわっとした時の表情がすごく魅力的だ。なかなか見せてくれないけど。

小鳩

本来同級生だけど主人公が一年遅れて入学してるのでお姉さんぶってる、というキャラ作りは成功していた。話の展開的にもHシーン的にもわりと散々な目に遭うが、めげずに頑張って生きてほしい。すずの名前を叫びながら小鳩に射精する鷹也はどんだけ鬼畜やねん、と思った。
小鳩ルートは、元いた世界と夢の世界を往還するうちに夢現の境界線がぼやけていく感覚がよかった。元いた世界からすずがいる世界に移動した後に元いた世界の過去を回想したりするから、本当に意識が混濁してくる。
ここでのすずはアカネが言ってるとおり、鷹也・すず・小鳩の絆を甘く見てたし、もっと言えば小鳩を舐めてたことは否めない。(偽の)三角関係で修羅場イベントみたいなのはすずルートでやる話じゃないから、書くとすればこっちしかないんだよね。ほんと、小鳩さんご苦労様です。

すず

とにかくかわいいしおっぱい大きいのでラブ。
双子の兄妹なのに鷹也を「くん」付けで呼ぶところがいいよねー。この子たち、髪や肌の色は似てないんだけど、瞳が夕焼けの色をしているところはそっくり。
すずと交感していた鷹也が、彼女が素敵だと思ったものを彼女の視点をトレースした文章で表現するっていう関係がもっと深化してほしかった。
すず・小鳩ルートでは鷹也とすずが事故にあう以前の記憶が遡及的に生成され、物語の鍵となる。なんでそういうところはしっかり(論壇的な意味で)伝統的なエロゲになってんだよ。すずルートの解法も結局ある約束を「思い出す」ことだったし。*3
思い出さないと別エンドに。まあこれはこれで。
鷹也・すず・小鳩の三人がそれぞれ罪と罰の意識を引きずっていることによって、すずの死にまつわる一連の出来事が多面的な意味を持つというところは単純な謎解きではない面白さがあった。

4

あかね色の学園の物語

舞台となった茜華学園について。
全編プレイし終えて振り返ってみると、「たいせつなきみのために、ぼくにできるいちばんのこと」という四通りの二者関係の物語が、「あかね色の学園の物語」という茜華学園の物語に回収されたような印象を受ける。
本作の奇跡はおそらく学園を源泉とし、想いの強さによって代償なしで発現するタイプのスーパーナチュラル。*4そして、どうやらこの奇跡は学園内でこれまでも・これからも起こり続けていくものらしい。
そうしてみると鷹也とヒロインたちの個人史も学園史の一部であるとは言える。
でも、僕は学園史における収まりのよさよりは個人史(二者関係)における一瞬の煌めきのようなものが見たかった。
そして、鷹也たちには学園から巣立っていってほしい。トキ子とかアカネといった学園に留まって悩める若者に手を貸す人たちを描く一方で、あの学園から健全に離れていく人たちも描ければなおよいと思う。
すずルートエピローグで茜華学園教師として着任する鷹也を想像させたのは、少し学園にとらわれ過ぎているように思えた。
すずが好きだった茜華学園を鷹也も愛するという筋道は正しいけれど、「機動武闘伝Gガンダム」のドモンとレインも一度宇宙に飛び出してから"兄さんとシュバルツと師匠たちが愛した地球へ"帰っているわけでね。
このへんは完全に好みの話だから、そこまで強い主張ではない。

夕焼け

余談。本作に限らず、夕焼けが象徴的に使用されるシーンを含んだゲームはいくつか散見される。
エロゲにおける夕焼けが意匠としてどのような使われ方をしてきたか、というところに興味があるので、そう遠くないうちに今までやったゲームからリストを作りたい。
たいせつなきみのために、ぼくにできるいちばんのこと[アダルト]
たいせつなきみのために、ぼくにできるいちばんのこと [アダルト]
題名の長い音楽会 〜「たいせつなきみのために、ぼくにできるいちばんのこと」オリジナルサウンドトラック〜
題名の長い音楽会 〜「たいせつなきみのために、ぼくにできるいちばんのこと」オリジナルサウンドトラック〜
たいせつなきみのために、ぼくにできるいちばんのこと
たいせつなきみのために、ぼくにできるいちばんのこと

*1:千鶴ルートは短いけどあれで必要十分と判断する。

*2:仮に選択肢の行き先が逆になっていて、「すずに会ったよ」で鷹也以外にも認められることですずの存在感が増しルート確定、「見られなかったけどね」ですずの存在が認められずルート離脱、とか説明されてもそれなりに説得力がある。"ある種の選択肢においては、選択の意味は事後的に決定される。" http://kaolu4s.sp.land.to/okiba/imaki.hp.infoseek.co.jp/200309.html#22

*3:"ギャルゲーの主人公は成長しません。ただ「思い出す」のみです。そしてそれは正しい。" http://kaolu4s.sp.land.to/okiba/imaki.hp.infoseek.co.jp/200309.html#18

*4:範囲と規模はおよそ学園内で収まるが、生きながら「あちら」側に行った者は人々の記憶から消えてしまうので影響が大きいといえば大きい。